第582話 第一章「七月一日、期限」後編

「封印は残量を守らない。底に漏れ跡」

 六本目の缶の下へ、薄い油膜がある。

 凱は託児所の責任者へ聞いた。

「四本の根拠」

「朝六時まで」

「室温下限」

「十五度」

「修理班は」

「三本で、夜明けまで二系統」

「一系統なら」

「二本」

「どちらを直す」

「北配給所。もう一つは共同浴場」

「浴場を止めれば」

「高齢者の洗浄と、病院の布が遅れる」

 託児所の責任者が言った。

「じゃあ子どもを冷やすの?」

「言ってない」

「修理班へ三本出せば同じです」

 声が上がる。

 班長が一本の取手を掴んだ。

「先に運ぶ。話してる間に冷える」

 託児所の若い男が、反対側を掴む。

 燃料缶が傾いた。

 漏れていた底が石へ当たり、鈍い音を立てる。

 迅は二人の腕を掴まなかった。

 缶の胴へ左肩を入れ、倒れる向きだけを変えた。

 燃料口が上を向く。

「人を引っ張るより、缶を立てろ」

「こいつが先に!」

「先に持った方が燃料の持ち主になる規則、どこにある」

 二人は手を離さない。

 凱が言った。

「俺が決めれば、どちらかは俺を恨める」

「だから頼んでる」

 班長が答える。

「恨む相手が一人だと楽だ」

「楽じゃない」

「恨まれる方はな。恨む方は、次の配分を考えなくて済む」

 凱は託児所の責任者へ向いた。

「子どもを移せる場所」

「第九厨房の休憩室。暖かい。でも二十九人は入らない」

「十九人だろ」

「保護者十人」

「全員が行く必要は」

「ない」

 今度は班長へ。

「浴場の洗浄を病院へ移せるか」

「一晩だけなら。運搬が要る」

 タマキが配達板を出した。

「布の送り主、浴場。受取人、病院。目的、洗浄。何往復」

「三往復」

「料金」

「払う」

「中央札は明日切れる」

「現金で」

「受領」

 能力は使わない。

 ただの運搬契約だった。

 二十分後、六本の配分が決まった。

 託児所へ三本。

 北配給所の修理へ二本。

 漏れた半缶は、屋外作業の加熱器へ移し、今夜中に使い切る。

 共同浴場の系統は止める。

 病院布の洗浄は、タマキと二人の運搬係が三往復で代替する。

 全員が納得したわけではない。

 班長は、《修理系統を一つ止めた判断へ異議》と書いた。

 託児所側は、《三本では朝五時以後の室温保証なし》と書いた。

 凱は署名しなかった。

 配分を決めた四者の名前と、運搬を受けた者の名前が別々に並んだ。

「王がいないと、紙が増えるな」

 迅が言った。

「王がいた時は、紙に書かなかっただけだ」

 凱は答えた。

 六本の燃料缶は、同じ方向へ運ばれなかった。

 夜になっても、旧配給所の前から人は消えなかった。

 王位復帰を求める板は六枚へ減った。

 代わりに、具体的な困りごとを書いた紙が三十七枚になった。

 凱はそのすべてへ答えなかった。

 回答担当者を一枚ずつ書いた。

 透析――外環共同病院。

 北部帰路――風祭澪。

 厨房――土門小麦と各厨房責任者。

 水上輸送――碧路紬。

 剛嶺通行――鷹取由良が委任を受けた範囲のみ。

 自分の名は、中央塔の限定出席準備だけへ書いた。

 午後十一時四十一分。

 真琴が最後の紙を揃えた。

「明日の中央塔招集に出る場合、今日中に出席者の権限範囲を決める必要があります」

「出るのか」

 迅が聞いた。

「招集文を読んでから決めます」

「箱を開けた時に読んだだろ」

「表面です。中央は、裏面に国を作ります」

「紙の裏って狭いな」

「狭いから、小さい字を使うんです」

 凱は冷えた布袋を膝から外した。

 立つ前に、椅子の位置を確認する。

 誕生日は終わりへ近づいていた。

 王ではない一日は、王だったどの日より多くの質問を残した。

 真琴は中央の黒い板へ、新しい紙を一枚貼った。

《王位復帰要求――受領した。委任範囲未提示。回答不能》

 その下へ、凱の誕生日を書いた。

《獅堂凱 二十一歳》

 肩書は書かなかった。

 黒い板の期限表示だけが、七秒ずれた時刻を静かに減らし続けていた。