第584話 第二章「中央塔の招集」後編

「紙くず箱を、不在理由の保管箱に変えていい?」

《駄目です》

「理由」

《紙くずを入れられなくなる》

「代わりの箱を置く」

《規格外》

「紙くずを床へ置くより安全」

《誰が戻す》

「私たち。期限、今日午後一時」

《箱を傷つけない》

「受領」

 真琴が目を瞬いた。

「許可、取れましたね」

「人に聞くと早い」

「中央全体へ聞くよりは」

 轟が回収箱を外した。

 左肩を上げず、右手で底を支える。

 代わりに、同じ大きさの木箱を紙くず用として置く。

 五枚の不在理由を、元の回収箱へ一枚ずつ入れた。

 蓋へ書く。

《不在は空席ではない》

 受付機は、その箱を代表票として読まない。

 代行補完の数字は減らない。

 残り二十八秒。

「読ませるだけじゃ駄目」

 七瀬が言った。

「機械は、来ない人をゼロとして計算してる」

 真琴は招集状の椅子絵を見た。

 椅子の座面に、ごく小さな重量記号がある。

「出席者を人ではなく、座面圧で確認している」

「座らなければ?」

「出席票を通した時点で、標準体重が仮入力されます」

「人間より先に体重まで決めるのか」

 轟が受付機の床板を外した。

 九本の圧力線。

 四本は出席票へ。

 五本は中央席へ。

「空いた五本を切る?」

「切れば、代表拒否ではなく機器故障になります」

 真琴は首を振る。

「では、中央席へ入る五本へ、別の重さを返す」

 轟が言った。

「何キロ」

「ゼロじゃない。理由がある重さ」

 玉樹が不在理由の箱を持ち上げた。

「紙五枚と箱。二・一キロ」

「軽い」

「来ない人が軽いってこと?」

「そう読まれる」

 迅は机の上の椅子札を取った。

「じゃあ、それぞれの仕事道具を置く」

 北部――予備の低音笛。

 厨房――空の計量升。

 剛嶺――赤索の切れ端。

 病院――未使用の本人確認札。

 水上――穴を開けた水位板の写し。

 本人たちの所有物ではない。

 各地から既に記録用として預かった物だ。

「象徴で代表させるのは危険です」

 真琴が言う。

「代表じゃないって札を付ける」

「機械が読む?」

「読まない。でも人が読む」

 五つの道具と、不在理由の紙を、五本の圧力線へ別々に置いた。

 中央席へ入っていた線が、一度揺れる。

《代行補完対象を検出》

《重量不足》

「不足でいい」

 凱が言った。

「満たさない」

 代行補完の数字が、二十八秒で止まった。

 無効になったのではない。

 不足確認のため、保留された。

「保留は、いつまで」

 真琴が佐田へ聞く。

《重量確認が終わるまで》

「終了条件がない」

《通常は人が座ります》

「今日は座らない」

《では、私が手動で補完停止を入れます》

「権限は」

《保守担当として、一時間》

「記録を」

《残します》

 佐田という一人の保守担当が、一時間だけ中央席の代行補完を止めた。

 街全体の制度ではない。

 一時間後には、また確認が要る。

「これが分散?」

 七瀬が聞いた。

「違う」

 真琴は答えた。

「今は、一人の保守権限へ頼った。成功と、依存した事実を別に残します」

 受付機の横で、急に子どもの泣き声がした。

 病院から来た女が、七歳くらいの少年の手を引いて立っていた。

「誰か一人、病院の代表で中央へ行ってください」

 女は四枚の限定票を見た。

「うちの父の部品照会が止まる。病院は患者ごとなんて言ってるけど、中央は代表がいないと受けないって」

 真琴が言った。

「病院の代表権は持てません」

「じゃあ、誰が父を助けるの」

「病院の担当者と、部品を確認する技師と、本人の選択です」

「一人じゃないと、中央が聞かない!」

「聞かない中央へ、一人を作って渡すことはしません」

「父が死んでも?」

 言葉が部屋を止めた。

 正しい返答はない。

 真琴は「死なせません」と言わなかった。

「お父さまの照会番号を、公開しない形で病院へつなぎます。誰が何時まで確認するかを、今ここで受け取ります」

「中央へ行ってくれないの」

「行きます。でも、病院全体を代表しません」

「同じじゃない」

「同じではありません」

 女は泣かなかった。

 怒ったまま、患者確認札へ番号を書いた。

 タマキが受取先を確認する。

「病院部品係、受領。回答期限、午後三時。返事がなければ、どこへ異議を出す?」

「病院の異議窓口」

「中央じゃなくて?」

「中央へも写しを送る。ただし、回答を一つにしない」

 女は納得しなかった。

 それでも札を渡した。

 少年は泣き止み、中央の大きな椅子絵を見ていた。

「ここに座る人、いないの」

 凱が答えた。

「今はいない」

「じゃあ、空いてる?」

「誰かが仕事をしてる場所を、空いてるって呼ばないようにしてる」

 少年は分からない顔をした。

「難しい」

「俺も」

 凱はそう言った。

 午後零時二十八分。

 中央塔への限定出席は受理された。

 画面には四脚だけが白く点いた。

 残る五脚は、空席ではない。

 それぞれ別の場所で、誰かが座らず働いている印だった。