第593話 第七章「病院と記憶庫」前編

七月五日 午前六時二十一分

 時雨ミソラは、止める順番ではなく、止められない理由から聞いた。

 外環共同病院の第三会議室。

 中央互換停止によって影響を受ける患者は十六人。

 人工呼吸器そのものは地域電力で動く。

 透析水も、水上区と病院の別系統へ移してある。

 問題は、薬剤照合、部品認証、境界搬送、代替病床の四つだった。

 中央が止まれば、機械が止まるのではない。

 誰が作った部品か分からなくなる。

 別の病院が受け入れるか確認できなくなる。

 薬歴の同一人物照合に時間が掛かる。

 生活は、電源だけで動いていない。

 同じ型番だと証明する紙。

 同じ人だと確認する鍵。

 受け取る人の返事。

 紙と返事が切れると、機械は動いていても治療が止まる。

「十六人を、一つずつ確認する」

 ミソラが言った。

 医療班の一人が、時計を見る。

「中央塔の段階解除は、明日午後十一時からです」

「だから今日やる」

「全員へ説明すると、最短でも九時間」

「九時間で終わらない」

「何時間」

「終わるまで」

「作戦時刻が」

「変わる」

「迅たちは、中央塔へ入る」

「入る時刻を変える」

 医療班の声が強くなった。

「中央決裁が発動したら、病院も一つの案へ固定されます」

「患者の返事がないまま切れば、私たちが一つへ固定する」

「冬城と同じだと?」

「違う。違うから安全、とは言わない」

 ミソラは机へ両手を置いた。

 右手の指に、細かな震えがある。

 慢性痛と睡眠不足。

 昨夜の睡眠は三時間十二分。

 朝の鎮痛薬は服用済み。

 次の休息は七時四十分から十一分。

 自分の身体も、説明項目へ入れる。

「私は九時までしか連続判断しない。九時以後は当直医へ交代。患者へ、私が最後まで担当すると約束しない」

「今、交代を決めるんですか」

「倒れてから決めるより、変更理由が少ない」

 十六人の確認票には、五つの選択がある。

《中央互換がなくても現治療を継続》

《代替設備へ移送》

《中央互換を期限付きで残す》

《説明を受けるが保留》

《説明そのものを今は受けない》

 どれか一つへ丸を付ける形式ではない。

 薬剤は継続。

 搬送は拒否。

 部品認証だけ中央を残す。

 家族連絡はしない。

 項目ごとに違う答えを選べる。

 最初の患者は、透析中の女性だった。

 中央互換を止めても治療は続けられる。

 ただし、交換膜の次回搬入に中央規格照会が必要になる。

「規格が確認できなければ」

「現有分は三回。四回目までに、地域検査で代替品を確認します」

「失敗したら」

「中央照会を再開する手続きは、今はありません」

「じゃあ、止めないで」

 女性は言った。

「期限は」

「七日」

「七日後に、また聞く?」

「聞きます」

「私が眠ってたら」

「起こすか、保留にするか、今決められます」

「起こして」

「理由は」

「身体のことだから」

 ミソラは記録した。

《中央部品照会のみ、七月十二日午前九時まで継続。再確認時、本人を起こす。家族代行なし》

 次の患者は、呼吸器部品の中央認証を止めることへ同意した。

 ただし、代替品の製造者名を公開しない条件。

 三人目は、説明を拒否した。

「今、聞きたくない」

「いつなら」

「決めたくない」

「では、説明拒否を七月六日正午まで有効。正午に再確認するか」

「その時も嫌かも」

「嫌と言える窓口を残す」

「あなたが来る?」

「来ない可能性がある」

「じゃあ、誰」

 ミソラは当直表を見せた。

 三人の名前。

「選んで」

 患者は、一人を選んだ。

 四人目は、中央互換を切ることを求めた。

「中央番号で家族に見つかる」

 医療班が言う。

「照合を切ると、薬歴も」

「薬歴鍵だけ残す」

「緊急搬送時に、本人確認が遅れます」

「遅れても、家族に戻されたくない」

 ミソラは、その選択を救命に反すると訂正しなかった。

「遅れる可能性を記録する」

「はい」

「緊急時、意識がなければ」

「薬歴鍵は使っていい。家族照会はしない」

「受領」

 確認票の横には、百舌忍がいた。

 左右で色の違う手袋。

 右は紫、左は灰色。

 減圧障害のあとから、右手の薬指と小指には痺れが残っている。紙を押さえる力が抜けても、自分では遅れてしか気づけない。

 忍は書く手を左へ変えていた。

 五人目の患者は、問いかけに反応しなかった。

 目は開いている。

 右手が毛布の上にある。

 指は動かない。

 看護師が、《異議なし》へ印を置こうとした。

 忍の左手が、その手首の前へ出た。

 触れない。

 止める形だけを見せる。

 携帯打鍵器へ短く入力した。

《動かない=同意、ではない》

「でも、拒否もしていない」

 看護師が言う。

 忍は次を打った。

《拒否なし=同意、でもない》

「では未確認」

 忍は首を横へ振った。

《反応方法を変える》

 光を一回。

 掌へ弱い振動を一回。

 視線で選べる二枚の札。

 患者の瞳が、左の札へ動いた。

《今は説明を止める》

 忍はその動きを一度、自分の指で写しかけた。

 途中で、違う動作を一つ足す。

 自分の胸を指し、次に患者を指し、最後に両手を離す。

《あなたの選択。私の選択ではない》

 患者は一度、瞬きをした。

 意味は確定しない。

 確認票には、こう残した。

《説明停止――視線札による本人選択。瞬きの意味は未確認》

 その時、忍の右手袋の留め具が外れた。

 本人は気づかなかった。

 灰色の手袋をした左手で紙へ書き続ける。

 看護師が指差した。

「右」

 忍は見て、留め直そうとした。

 痺れた二本の指が留め具を逃がす。

 三度目で、手を止めた。

《留めて》

 看護師へ頼む。

 看護師は先に確認した。

「手袋だけ。手首に触れていい?」

 忍はうなずいた。

 留め具が閉じる。

 それだけだった。

 助けを頼めたことを、回復の証明にはしない。

 痺れは残り、右手袋は午後にも二度外れた。

 そのたびに忍は、同じ人へ頼まず、その場にいる人へ触れてよい範囲を伝えた。

 午前七時三十八分。

 三人の確認が終わった。

 残り十三。

 予定より遅い。

 ミソラの休息時刻まで二分。

 廊下で警報が鳴った。

 代替呼吸器の圧力低下。

 説明中の患者とは別の病室。

 医療班が走る。

 ミソラも立つ。

 右脚に痛みが走った。

「休息は」

 助手が言う。

「七時四十」

「今です」

「患者」

「当直が行った」

「私も」

「行く理由」

「圧力低下」

「あなたしかできない処置?」

 ミソラは答えかけた。

 自分なら早い。

 それは理由になる。

 自分しかできない、とは違う。

「当直へ確認」

 通信。

《バッグ換気へ切替。原因、吸気弁。交換準備》

「私の判断、要る?」

《要らない。休んで》

 ミソラは椅子へ戻った。

 警報は続いている。

 自分が座っている間に、誰かが患者を助ける。

 それを信頼と呼ぶと、綺麗すぎる。

 任せざるを得ない身体と、任せられる技術が同時にあった。

 十一分。

 ミソラは横になった。

 目を閉じない。

 時計を見る。

 助手が照明を落とした。

「暗くしなくていい」

「休息」

「暗いと眠る」

「眠って」

「十一分で起きない」

「起こす」

「誰が」

「私」

「受領」

 目を閉じた。

 警報は、三分後に止まった。

 ミソラは起きなかった。

 十一分後、助手が肩を叩いた。

 左肩ではない。

 慢性痛の強い右腰にも触れない。

 ミソラは目を開けた。

「呼吸器」

「交換済み。患者、意識清明。中央認証を使わず、地域検査済み弁へ交換」

「誰の判断」

「当直医、技師、本人。本人は交換後に説明を受けた」

「記録」

「済み」

 自分がいなくても、治療は動いた。

 安心より先に、少し悔しかった。

 小麦が厨房で感じたのと同じ種類の悔しさだと、ミソラは知らない。

 それぞれ別の場所で、同じ感情に別の名前を付けている。

 午前九時〇二分。

 ミソラは当直医へ交代した。

 予定を二分超えた。

 超えた理由を記す。

《患者四人目の本人確認終了まで》

「全体作戦へ、停止時刻を返します」

 医療班が言った。

「返さない」

「では」

「患者ごとの時刻を送る」

「中央塔は一つの段階解除しか」

「変えてもらう」

 十六人のうち、午前中に確認できたのは九人。

 継続三。

 移送二。

 部品照会のみ期限付き二。

 保留一。

 説明拒否一。

 残り七人。

 ミソラは迅へ送った。

《病院系統を一時刻で切らない。九人分の条件のみ送付。残り七人未確認。中央塔突入時刻より患者確認を優先する》

 迅から返る。

《了解》

 凱からも来た。

《中央側へ、病院は未回答と伝える》

 ミソラは返信した。

《未回答ではない。九つ回答、七つ未確認》

 凱の返事。

《訂正する》

 中央継続局は、病院の返答を《内部不一致》と発表した。

 ミソラは訂正要求を出さなかった。

 内部不一致は事実だった。

 代わりに、分類を追加するよう要求した。

《患者ごとの異なる回答》

 中央は追加しなかった。

 その不追加を、七瀬が記録した。

 同じ時刻。

 市民記憶庫では、石英綺理が三本の鍵を机へ置いていた。

 金属鍵。

 記憶容器の閲覧鍵。

 所有者の拒否札。

 中央から要求されているのは、三本目を無視することだった。

《冬城征士郎の中央決裁が、過去に複数地域の衝突を回避したことを示す記憶》

 存在は確認されている。

 所有者は、公開を拒否した。

 理由は非公開。

 記憶の内容が冬城を救う可能性がある、と中央は主張する。

 空白の旗側に不利な記録を隠している、と。

 七瀬も前日に、一度だけ再確認を求めた。

 綺理は断った。

 午前十時十一分。

 七瀬本人から、音声が届いた。

「もう一回だけ話せる?」

「何を」

「昨日頼んだこと」

「記録している」

「公開していい?」

「あなたが頼んだことは、あなたが決める。私が断ったことは公開する」

「所有者の拒否理由は」

「公開しない」

「中央が、私たちに都合が悪いから隠したって」

「言っている」

「そのままでいい?」

「よくない」

「じゃあ」

「よくないことと、開けることは別」

 綺理は三本の鍵を一つずつ離した。

「七瀬。あなたは、見たい?」

「見たい」

「冬城に有利でも?」

「見たい」

「不利でも?」

「見たい」

「歴史のため?」

「自分のため」

「正直」

「正直なら開く?」

「開かない」

「だよね」

 七瀬は笑わなかった。

「私の母の記録を、私が見たいって言った時、綺理は一部を渡した」

「所有条件が違った」

「分かってる」

「分かってることを、二度言うのは」

「分かってても嫌だから」

 綺理は少し黙った。

「嫌でいい」

「それだけ?」

「所有者の拒否へ、私の慰めを付けない」

「綺理って、会話が保管庫だね」

「鍵が多い?」

「温度が低い」

「記憶は低温の方が持つ」

「人間は」

「知らない」

 七瀬が息を吐いた。

「私が頼んだ映像、公開する。綺理が断ったことも」

「所有者へ不利益が出たら」

「私の責任」

「全部ではない」

「分かってる」

「今度は、私が二度言った」

「嫌だった?」

「少し」

 通信が切れた。

 午前十時二十三分。

 記憶庫の正面で、中央の監査班が入館を求めた。

 五人。

 武器はない。

 封印箱と閲覧令状を持っている。

 令状の見出し。

《全地域安全確認に必要な記憶の一時保全》

 綺理は扉を開けた。

 入館を拒否しない。

「閲覧範囲」

「中央決裁関連資料」

「番号」

「一覧は中央保管」

「当庫で特定できない」

「検索権限を使います」

「所有者拒否を含む?」

「安全上必要です」

「誰の安全」

「全地域」

「人の名前」

 監査班の先頭が、自分の名を言った。

 綺理は記録した。

「あなたの安全判断?」

「中央継続局の判断です」

「あなたは実行を選んだ?」

「職務です」

「選んだ?」

 男は答えなかった。

 綺理は扉を半分だけ開けた。

「公開資料室へ入館可。限定資料室は、令状の資料番号と所有者への通知が必要。拒否資料室は入館不可」

「令状は全域です」

「当庫の保管契約は、全域という言葉を認めない」

「中央法が優先します」

「中央法の自動更新は停止中」

「緊急条項が」

「発令者名」

「書面に」

「職名だけ」

 男は封印箱を床へ置いた。

「強制保全します」

 後ろの四人が動く。

 綺理は能力を使わなかった。

 預かり物〈セーフキープ〉は、一つの記憶を誰にも読めなくする。

 使えば、拒否資料を守れる。

 同時に、綺理一人が守った物語になる。

 記憶庫には、もっと普通の仕組みがある。

 綺理は壁の紐を引いた。

 警報ではない。

 保管担当者呼出し。

 七人の共同管理者が、別々の扉から出てきた。

 一人は鍵を持つ。

 一人は所有者連絡簿。

 一人は閲覧機の電源。

 一人は退避箱。

 一人は公開記録。

 一人は医療担当。

 一人は、何も持たない。

 何も持たない人が、監査班へ言った。

「私へ命令を」

「拒否資料室を開けてください」

「鍵を持っていません」

「では鍵担当へ」

「鍵担当は、所有者通知がないと使えません」

「通知担当」

「資料番号が必要です」

「電源を入れろ」

「閲覧範囲が必要です」

 中央は、一人の責任者を探す。

 記憶庫にはいない。

 いないことは、責任がないことではない。

 七人の名前と担当が、入口の板へ書かれている。

 一つを強制しても、ほかが動かなければ開かない。

「非協力です」

 監査班の男が言った。

「協力範囲を示した」

 綺理が答える。

「公開資料室へ案内する。限定資料は番号があれば審査する。拒否資料は所有者の変更がない限り開けない」

「その記憶が、冬城の無実を証明したら」

「無実という一語を証明する記憶はない」

「責任を減らす」

「減るかもしれない」

「なら、公開すべきだ」

「価値が上がるほど、所有者の拒否が軽くなる?」

「社会全体の利益です」

「所有者は社会の外?」

 男は黙った。

 後ろの一人が、封印箱から手を離した。

「公開資料だけ確認します」

 先頭の男が振り返る。

「命令は全域だ」

「全域へ入る手段がない」

「強制しろ」

「誰に」

 監査班の中でも、答えが分かれた。

 綺理はその不一致を勝利と呼ばなかった。

 公開資料室へ三人が入る。

 二人は入口へ残る。

 拒否資料室の扉は閉じたまま。

 正午十二分。

 中央放送が流れた。

《空白の旗側は、病院停止時刻および記憶公開をめぐり内部対立を起こしている》

 病院のミソラは、休息後の椅子に座って聞いた。

 記憶庫の綺理は、公開資料室の入口で聞いた。

 二人は別々の場所から、同じ返答を送った。

 ミソラ。

《対立ではなく、患者九名の回答と七名の未確認。中央統一時刻を拒否》

 綺理。

《対立ではなく、所有者拒否。空白の旗側の要請も中央側の要請も不許可》

 言葉は似ていない。

 同じ声明へ揃えない。

 中央は、二つを《不一致継続》と表示した。

 午後零時四十一分。

 病院から、市民記憶庫へ別の照会が届いた。

 冬城の記録ではない。

 九号室の患者に使われている補助肺弁の型式確認だった。

 患者は六年前、中央直轄の移動手術車で処置を受けている。手術記録は、車両火災で紙も端末も失われた。残っているのは、当時の機械技師が自分の記憶として預けた作業映像だけだった。

 補助肺弁には、外見のよく似た二種類がある。

 七型と八型。

 七型なら地域製の交換膜を使える。

 八型なら中央の認証を七月十二日まで残す必要がある。

 見分けるには胸を開く必要がある。

 記憶を見れば、開かずに済む可能性がある。

 ただし、その記憶には手術車へ運ばれた二十人の顔と、本人たちが伏せていた所属も映っている。

 所有者は三年前に死んだ。

 生前の保管条件は、短かった。

《公開不可。医療上必要な場合、対象本人の同意と、質問一件につき答え一語のみ》

 答え一語。

 映像の閲覧ではない。

 複製もしない。

 指定された質問へ、保管担当二人が別々に記憶を確認し、一致した語だけを返す。

 ミソラは患者へ説明した。

「型式だけを聞ける。手術映像は私も見ない。保管担当が《七》《八》を返す」

 患者は毛布の端を指で折った。

「私の名前は?」

「記憶庫へは、病院内の照合番号だけを送る」

「その番号から家族へ行く?」

「行かない。薬歴鍵にも接続しない」

「技師の記憶には、顔がある」

「ある可能性が高い」

「保管担当は見る」

「二人だけが見る」

「選べる?」

「担当者を?」

「女がいい」

 ミソラは記憶庫へ確認した。

 女性の保管担当は三人。

 そのうち一人は、患者と同じ旧居住区出身だった。

 患者はその一人を外した。

「知らない人の方がいい」

「二人目は」

「誰でも。最初の人と相談しないなら」

「別室で確認して、答えが一致した時だけ返す」

「違ったら」

「不明」

「不明なら、中央を残す?」

「あなたが決める」

「今決めるの?」

「不明になってからでもいい」

 患者は、毛布の角をもう一度折った。

「じゃあ、聞く。型だけ」

 ミソラは照会票へ書いた。

《質問――補助肺弁は七型か八型か》

《回答可能語――七/八/不明》

《対象者呼称――九号室本人選択呼称。外部非公開》

《閲覧担当――本人指定条件に合う二名》

《閲覧後の記憶保持――担当者の手順記憶を除き、新規複製なし》

《家族照会――しない》

 中央監査班が、公開資料室から出てきた時、その照会票が記憶庫へ届いた。

 先頭の男が見た。

「医療なら、拒否資料も開くのか」

 綺理は照会票を裏返した。

「これは限定資料。所有者が生前に決めた条件の中」

「社会全体の安全より、一人の部品確認を優先する?」

「優先していない」

「開くではないか」

「質問を一件、本人同意で受け取る。あなたの要求は、番号なしで全域を検索する」

「結果として人命を救うなら、冬城の記録も同じだ」

「誰の人命」

「またそれを聞くのか」

「答えが変わるまで」

 男は照会票へ手を伸ばした。

 綺理は引かなかった。

 代わりに、紙の上へ自分の掌を置いた。

「これは患者の照会。監査資料にしない」

「監査妨害だ」

「医療照会の目的外使用を拒否」

「あなたが決めるのか」

「今、この紙を預かった範囲は私が決める。閲覧する二人は別に決める。回答を使うのは患者と医療者。誰も全部は決めない」

「だから遅い」

「遅い」

「その間に死んだら」

「早く開けて、開けたことで戻れなくなる人もいる」

「どちらを選ぶ」

「選択を一つにする質問へ答えない」

 男は鼻で息を吐いた。