第594話 第七章「病院と記憶庫」後編

「あなたたちは、答えないことを制度にした」

「あなたたちは、答えを一つにすることを制度にした」

 互いに褒めてはいない。

 限定資料室の閲覧担当二人が、別々の入口から入った。

 一人目は、元縫製工の保管担当。

 記憶映像を読む時、右手で机の縁をなぞる癖がある。

 二人目は、元路面電車の整備士。

 質問以外の内容が見えても、確認票へ書かない訓練を受けている。

 二人を同じ部屋へ入れない。

 同じ再生機も使わない。

 再生開始時刻を十一分ずらす。

 最初の担当が出てきた。

 封筒へ一字を書いて封をした。

 二人目は、まだ出ない。

 病院では、患者の呼吸数が上がった。

「待つの、嫌?」

 ミソラが聞いた。

「嫌」

「中央照会へ戻す?」

「それも嫌」

「両方嫌でいい」

「いいって言われても嫌」

「そう」

「医者って、もっと励ますものじゃないの」

「励まして型式が分かるなら、いくらでも」

「じゃあ、面白い話」

「持ってない」

「医者なのに」

「医者の仕事に面白い話は含まれない」

「請求書には?」

「入れたら怒られる」

 患者は一度だけ笑い、咳き込んだ。

 呼吸を整える。

 待ち時間、二十八分。

 二人目の担当が出た。

 二つの封筒を、第三の記録係が開く。

 一枚目。

《八》

 二枚目。

《八》

 一致。

 記録係は、元映像の時刻も、ほかに映っていた人物も、手術車の行先も書かない。

《回答――八》

《一致――二名》

《質問外情報――記録しない》

《再照会――新たな本人同意を要する》

 病院へ返す。

 ミソラは患者へ見せた。

「八型。中央部品照会だけ、七月十二日まで残す案になる」

「案?」

「交換膜の地域検査が早く終われば、前倒しで切れる」

「遅れたら」

「また聞く」

「今、決める。十二日まで」

「家族照会は」

「しない」

「記憶庫の人は、私の顔を見た?」

「見た可能性がある」

「忘れられる?」

「約束できない」

「嫌だな」

「嫌だったことも記録する?」

「名前なしで」

「受領」

 中央の監査班は、その回答手順を《選択的開示の実績》として持ち帰ろうとした。

 綺理は、手順だけの写しを渡した。

 患者番号、質問、回答、担当者名は黒く塗った。

「実績にならない」

 男が言う。

「医療手順は残る」

「冬城資料を開けない理由にはならない」

「開ける理由にもならない」

 監査班の一人が、帰り際に振り返った。

「その患者が助かったら、あなたの判断が正しかったことになる?」

 綺理は答えた。

「助からなかったら、所有者の拒否が間違いだったことになる?」

 男は何も言わなかった。

 午後一時五十二分。

 病院の十人目の回答が確定した。

 中央部品照会のみ期限付き継続。

 決定までに使った時間、七十一分。

 その間、別の非緊急説明が一件、午後へずれた。

 利益だけではない。

 遅れだけでもない。

 記憶庫は、患者を救ったとは書かなかった。

 病院も、秘密を守ったとは書かなかった。

 書いたのは、誰が何を尋ね、誰がどこまで答え、何を答えなかったかだった。

 午後二時四十八分。

 病院の十六人すべての確認が終わった。

 中央部品照会のみ期限付き継続、四。

 地域系統へ完全移行、五。

 代替設備へ移送、三。

 保留、二。

 説明拒否、一。

 本人意思を確認できず、医療上の限定代行、一。

 合計十六。

 一つの停止時刻は出ない。

 最も早い切替、七月六日午後四時。

 最も遅い期限、七月十二日午前九時。

 中央塔の作戦は、その差を抱えて進むことになる。

 完璧な一斉停止は消えた。

 午後三時三分。

 綺理は拒否資料室の受領札へ、今日の日付を追加した。

《中央要求――拒否》

《七瀬要請――拒否》

《所有者条件――変更なし》

 記憶の内容は書かない。

 その横に、病院から届いた一枚の紙が置かれた。

《中央統一時刻――拒否》

《患者別条件――十六》

《未確認――〇》

 二枚の拒否は、理由も対象も違う。

 同じ箱へ入れなかった。

 別々の棚へ置いた。

 中央が、《空白の旗側の不一致》と呼んだ二枚だった。