第598話 第九章「決裁中継室」後編
《扶養医療の七日継続を、賃金保証と同じ通知へ追加》
返答。
《医療管轄が異なる》
《管轄責任者名》
《照会中》
《照会期限》
《未定》
朝は黒い杖の先で、円形盤の縁を二度叩いた。
「七日では足りません」
配線係が言う。
「分かっています」
「八日目に切れる」
「切れる可能性がある」
「なら、参加できない」
「受領」
朝は、女の作業参加を保留へ戻した。
三十一人が三十人になる。
作戦に必要な人が一人減った。
その減少を、説得不足とも裏切りとも書かない。
《扶養医療条件未確定による保留》
女は職員証から手を離した。
「倉庫の場所だけ教える。鍵は渡さない」
「場所は、あなたの知識です」
「教えるのも駄目?」
「あなたが選ぶなら」
「教える。作業はしない」
「受領」
倉庫は、旧印刷室の裏。
鍵は女が開ける。
中へは入らない。
所有権と作業責任を分けるため、開錠時刻と退室時刻を記録する。
古い補助扇二台。
一台は軸が固着。
一台は羽根が欠けている。
「二台を一台にする」
イオが言った。
「部品規格が違う」
轟が見る。
「軸径、四ミリ差」
「削る?」
「削ったら戻せない」
「仮套管」
「薄い」
「印刷機の紙送り軸」
清掃員が言った。
「同じくらいの径。廃棄待ち」
「誰の設備」
「印刷室」
「使っていい?」
「私が管理してる。廃棄予定だけど、勝手に切る権限はない」
「管理責任者」
「私」
「廃棄決裁」
「中央」
「中央へ聞く?」
清掃員は少し考えた。
「使う。私の名前で。後で請求されたら、記録を出す」
紙送り軸を切る。
轟が寸法を測る。
イオが薄板を巻く。
保守員が軸受けへ油を差す。
誰か一人の技ではない。
午後二時〇一分。
補助扇一台が回った。
地域給気へ接続。
決裁盤の予備軸から、排気系統を外す。
その瞬間、盤の下で残留フライホイールが回転した。
停止したはずの百八十トン盤が、半度だけ動く。
異議板が一枚、内周へ滑った。
「手を出すな!」
轟が叫ぶ。
朝は杖を伸ばしかけ、止めた。
杖で止めれば、身体ごと引かれる。
イオが床の手動ブレーキへ走る。
能力はない。
ブレーキは二人用。
「もう一人!」
作業を保留した配線係の女が、一歩出た。
止まる。
「参加しない」
自分へ言う。
代わりに、責任者が入る。
二人でレバーを引く。
フライホイールが止まる。
異議板は内周の手前七センチ。
朝は杖で拾わない。
作業員が盤の完全停止を確認してから、普通の手で戻す。
配線係の女は、入口から補助扇の音を聞いていた。
「回転が高い」
言った。
「参加しないんじゃ」
責任者が聞く。
「音を聞いた」
「調整は」
「しない。回転数を伝えるだけ」
「いくつ」
「毎分九百二十くらい。規格は八百八十」
保守員が測る。
九百十七。
電圧を下げる。
女は工具へ触れなかった。
知識を一語渡した。
作業へ参加したことにはしない。
朝は記録欄を分けた。
《設備情報提供――本人同意》
《停止作業参加――保留》
《扶養医療条件――未確定》
「八日目は」
女が聞く。
「まだない」
朝が答える。
「作って」
「作る人の名前を集めます」
「あなたがやって」
「私一人では決めない」
「便利ね、それ」
「便利に使った責任も、審理中です」
女は少しだけ口元を歪めた。
「じゃあ、七日目までは疑う」
「八日目も」
「八日目は、薬があれば」
未解決の条件が一つ増えた。
換気は戻った。
娘の八日目の薬は、戻っていない。
午後二時〇七分。
中央塔から、限定出席者の入場確認が届いた。
迅。
凱。
真琴。
七瀬。
四人。
代表権なし。
朝は中央塔入力の前へ、最後の板を置いた。
《入場確認。決裁同意ではない》
全面停止ではない。
最終決裁が発動する余地は残っている。
その余地を消せなかったことを、朝は失敗欄へ書いた。
同じ紙の成功欄には、五系統遮断、三系統複数回答、一系統限定入力と書く。
円形盤の中央には、《継続》と《停止》の二灯がまだ点いていた。
その外側で、九つの小さな灯りが、別々の速さで瞬いていた。